せきしゅうさわのごう いわみぎんざんかいどう ここのかいちじゅ
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矢瀧城

矢滝城跡は、登山口標高400m、頂上標高634.2m.の矢滝城山の頂上にあり、石見銀山を防御するための山城遺構の一つで、中世山城の立地・形態をよく留めている。銀山街道温泉津沖泊道が近くを通り、石見銀山防衛と交通路掌握の役割を担っていた。享禄元年(1528)に銀山を所有した大内義興が、地元の豪族・祖式堅兼に命じて築城させたもので、南北二つの郭群から構成されており、南側の郭には竪掘の跡が認められる。また北側の郭にも、西向きに開口した枡形虎口状の遺構や掘切の跡が認められる。頂上の城郭は、昭和26年(1951年)アメリカ占領軍が無線中継所を建設した際に壊され、今は痕跡を留めない。占領軍の撤退後、頂上にはNHKの電波中継所が設置され、現在は登山者に展望台として利用されているようだ。
祖式の町並から祖式〜湯里線の狭い道路を湯里へ向けて上る。途中、滝があり、この滝が『矢瀧城』の由来かと思う。矢瀧トンネル手前に10台余りの車が置ける広場があり、これが登山道入り口。登り口は一寸狭いが暫らくすると曽根道。整備されている(愛されている山だと感じた)。曾根道を少し歩くと急峻な道となり、頂上へと。
山頂からの眺望は絶景。大江高山以外は視界の邪魔をしない。左方向は浅利の浜、浅利富士も見える。前に温泉津・湯里・馬路が見える。眼下には銀山街道沖泊道が通る、『よずくはで』で有名な西田。。右に回れば日御碕が見える(天気がよければ・・・・)。素晴らしい眺望、いつまでも護って欲しい。1時間30分もあれば十分楽しめる山だ(訪れた時は、地元有志による整備中だった)。